2019.03.05

世界文化遺産 宗像・沖ノ島と関連遺産

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世界文化遺産 宗像・沖ノ島と関連遺産

月明りの下、かがり火と提灯の明かりが揺らめく中で行われる古歌の斉唱や巫女たちの厳かな舞。この幻想的な神事は毎年10月3日に行われる宗像大社(むなかたたいしゃ)秋季大祭のフィナーレ、「高宮神奈備祭(たかみやかんなびさい)」。

平成29年7月、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が世界文化遺産に登録された。登録がきまったのは、福岡県・宗像市の宗像大社沖津宮(1:沖ノ島 2:小屋島 3:御門柱 4:天狗岩)、5:宗像大社興津宮遥拝所、6:宗像大社中津宮、7:宗像大社辺津宮、福津市の8:新原・奴山古墳群の8資産。

古代祭祀遺跡が残る沖ノ島と、宗像三女神を祀る宗像大社信仰、大宮司家宗像氏の史跡・文化財を対象とし、4世紀から現在まで継承されている自然崇拝を元とする固有の信仰や祭祀、古代東アジアとの交流を示す約8万点もの出土品の考古学的価値が高く評価された。

年に一度、3日間にわたっておこなわれる宗像大社秋季大祭

そんな古代から続く宗像大社信仰を目の当たりにできるのが、毎年10月1日から3日まで3日間かけて行われる宗像大社秋季大祭、別名、田島放生会(たじまほうじょうえ)だ。

宗像大社とは、玄界灘、約60kmの広がりを持つ範囲に位置する3つの離れた信仰の場、沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、九州本土の辺津宮から成る神社。それぞれの神社には、天照大神が生んだ三人の女神、宗像三女神が、航路を守る神として祀られている。

祭は、沖ノ島沖津宮に祀られる長女神・田心姫神(たごりひめのかみ)と、大島中津宮に祀られる次女神・湍津姫神(たぎつひめのかみ)を、末女神・市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が辺津宮にお迎えする「みあれ祭」から始まる。大島から神湊沖合までを御分霊を乗せた御座船に宗像七浦の漁船団の数百曹が、色とりどりの大漁旗、幟をはためかさせながら海上神幸する様子はまさに圧巻。沖合を埋め尽くす漁船が、女神たちを見守り、本土まで寄り添うように送り届け、愛おしそうに女神たちの船を回り、それぞれの島に帰っていく。物言わぬ漁師たちの無言の愛情が波しぶきと重なり感動的な儀式である。

神湊で御座船より下りた御分霊は、辺津宮へ。国家の平穏、五穀豊穣、大漁、海上安全を祈願し、翁舞、風俗舞、浦安舞が奉納され、流鏑馬(やぶさめ)などの行事が行われる。

そして、3日目夕方、祭の締めくくりとして行われるのが、「高宮神奈備祭」。御分霊をお送りする神事だ。会場となる「高宮祭場」は、大社の森の奥の奥。約200mの緩い登り坂の参道、119段の階段を登った先にある祭場で、宗像三女神の降臨地とされる宗像大社の中でも最も神聖な場所。途中中断されていたが、630年前まで古代祭場として神事が行われてきた場所でもある。その古式にのっとり、宮司の祝詞、古歌の斉唱、巫女の舞…。その敬虔な祈りは、古代ロマンの世界に誘われ、時を超えた想いが森の中に浸透していく。

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1000年以上昔の遺構、遺物がいまも残る「神の島」沖ノ島

    

神宿る島、沖ノ島。宗像市の神湊から約60km。そんな絶海の孤島では、4世紀後半から9世紀にかけ、大和王権による航海安全を祈る祭祀が行われてきた。島内には、それを物語るほぼ手つかずの古代祭祀遺跡が残り、古代の朝鮮や中国、ペルシャに由来する品々約8万点が出土。現代の名工をもうならせる金細工の指輪を始め、多くの出土品は、現在宗像大社の「神宝館」で見る事が出来る。

なぜ、手つかずの古代祭祀遺跡が、これほどみごとに残っているのか―――。沖ノ島は、全島が沖津宮境内となっている周囲約4㎞の島。島の手前に並ぶ小屋島、御門柱、天狗岩の3つの岩礁は、いわば沖津宮の鳥居の役割をしており、岩礁に囲まれた海もまた神域とされ、古来より立ち入りが制限されてきたことが大きな理由。現在は、神官以外の出入りは禁止されており、神秘の島はこれからも守られていく。

さらに沖ノ島は、古代祭祀が行われなくなった後も対外交易を担った宗像大宮司家により、16世紀以降は神職や地域の人々により、厳格な禁忌のもとで信仰が守られてきたことも大きい。禁忌は、沖ノ島で見たり聞いたりしたことは一切口にしてはならない、島から一木一草一石とも持ち出してはならない、上陸前には海に浸かり体を清める禊をしなければならないなど。沖ノ島では、現在でも、10日交替で宗像大社の神職が島に常駐し、毎朝、着衣をすべて脱いで海に浸かり禊を行うなど、それらの禁忌は厳格に守られている。

沖ノ島に鎮座する宗像大社沖津宮

沖ノ島は、残念ながら訪れることはできない。古来より現在にいたるまで、沖津宮を直接参拝することもできない。このため、宗像では沖ノ島を遥か遠くから拝むという伝統が生まれた。沖ノ島から約48㎞の場所にある大島の沖津宮遥拝所はそのための施設。いわば沖ノ島を拝む拝殿として、18世紀半ばには、この地にあったとされている。

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沖ノ島から出土した宝物を収蔵した宗像大社「神宝館」

    

宗像大社辺津宮内にある神宝館は沖ノ島の祭祀遺跡から出土した銅鏡、装身具、武器、馬具、土器など、古代東アジアとの交流を示す奉献品約8万点を収納・展示。すべてが国宝に指定されるなど、その内容や規模の大きさから、沖ノ島が「海の正倉院」とも呼ばれる所以が実感できる。豪族・宗像一族のルーツや、宗像大宮司家伝来の古文書などの資料も充実している。

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豪族、宗像氏の墓と言われる新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)

    

福津市にある「新原・奴山古墳群」は、沖ノ島信仰の祭祀を司り、伝統を育んだ豪族・宗像氏の墓とされる古墳群。5~6世紀のものといわれ、前方後円墳、円墳など41基が現存する。古墳群の東側ある眺望所からは、大島、沖ノ島へと続く海が一望できる。

宗像で漁師の守り神として祭られた「織幡神社」(おりはた じんじゃ)

宗像大社辺津宮から歩いて十数分、玄界灘に突き出た岬の突端、鐘ノ岬にあるのが、織幡神社。宗像のもうひとつの漁師の守り神として、信仰されてきた神社だ。主祭神は、武人の武内宿禰(たけのうちのすくね)。鎮護国家の備えとして、交通の要衝である鐘崎に祀られた。境内には、武内宿禰が昇天の際に残したとされる沓を埋めた「沓塚」や、日本海沿岸の海女の発祥地の記念像などある。

また、神社の裏手には、県指定天然記念物でもある樹齢数百年といわれる巨木・イマヌキが自生している。本殿までの参道は長く、約200段の階段は相当に急で、元気者でも結構息が切れる。

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宗像グルメと宿

●Restaurants

末広 魚料理(お勧めは、いかの刺身や上刺し身定食)

十々時  ちゃんぽん

三カ月うどん

料亭 はなのき

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